文字サイズ
図1は2008年〜2019年の年次別(1月〜12月で集計)年間整形外科手術件数を下肢、上肢、脊椎、その他に分けて表示している。2014年11月に「上肢外科センター」が設立され、上肢外科の専門医(手外科専門医)、作業療法士、理学療法士を加えた多職種によるチーム医療で患者さんの診療に当たっている。2016年7月に上肢外科を専門とする百瀬敏充医師(手外科専門医、手外科学会代議員)が赴任し上肢外科センターのチームに加わったことで、長野県のさらに広範囲から患者さんが紹介されるようになった。
図1 整形外科年間手術件数とその内訳(2008年~2019年)
図2は2019年1年間(集計は1-12月)の上肢外科センターにおける手術別件数を示している。上肢は肩から手指までに及び、疾患別では外傷から変性疾患、リウマチ、末梢神経疾患など満遍なく扱っている。当院の地域における役割から、主に開業医の先生方から紹介される上肢外科のいわゆる“common disease”である手術(バネ指、手根管症候群、肘部管症候群、マレット指など)に対してもしっかりと対応している。百瀬敏充医師は手根管症候群に対し鏡視下手根管開放術を行っている。紹介あるいは受診された上肢の外傷(骨折や関節脱臼、靭帯損傷等)には全て対応している。県内では上肢外科や手外科の専門医が不足していることから、専門性が高く、最新技術を駆使した手術的治療も展開している。肩では関節鏡視下もしくは補助下腱板断裂手術、反復性肩関節脱臼に対する鏡視下Bankart法、広範囲腱板断裂や肩関節症に対する人工肩関節手術(Reverse shoulder)、慢性の上腕骨外側上顆炎(テニス肘)に対する鏡視下滑膜切除+直視下短橈側手根伸筋腱切離術、肘関節症への鏡視下関節形成術、リウマチ性疾患への肘、手関節、手の再建術、遠位橈尺関節症への関節形成術、重度手根管症候群における母指対立再建術、絞扼性神経障害や末梢神経損傷(腕神経叢損傷含む)に対する神経修復術や機能再建術などである。上肢外傷例に対する手術が年々増加し、長野県全域から上肢外科疾患を持つ患者さんが当院に紹介されている。
図2 2019年 上肢手術件数(計390件)
担当医師 | 中土幸男 | 医学博士 日本整形外科学会認定整形外科専門医・指導医 日本リハビリテーション医学会認定リハビリテーション専門医・指導医 日本リウマチ学会認定リウマチ専門医 日本手外科学会認定手外科専門医 中部手外科研究会名誉会員 中部整形外科災害外科学会名誉会員 日本骨粗鬆症学会認定骨粗鬆症認定医 日本医師会認定健康スポーツ医 |
百瀬敏充 | 医学博士 日本整形外科学会認定整形外科専門医・指導医 日本手外科学会認定手外科専門医(代議員) 日本リハビリテーション医学会認定リハビリテーション専門医 日本リウマチ学会認定リウマチ専門医 中部整形外科災害外科学会評議員 日本体育協会認定スポーツドクター 日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医 |
|
担当リハスタッフ | 理学療法士(上肢班),作業療法士。 院外から上肢外科センターには非常勤職員として、信州大学医学部保健学科 木村貞治先生(教授)が診療に当たっている。 |
月曜日 | 火曜日 | 水曜日 | 木曜日 | 金曜日 | |
---|---|---|---|---|---|
午前 | 病棟回診 |
病棟回診 |
ベッドサイド・ |
病棟回診 |
病棟回診 |
午後 | 外来(中止) |
外来(松木) 手術(中土、百瀬、松木) |
外来(中土) |
手術(中土、百瀬) |
ロコモフレイル外来(中土、百瀬) |
上肢外科を専門とする医師2人とリハビリテーション部のスタッフとが協働で「上肢外科センター」としてチームを構成し診療活動を行っている。症例検討や文献抄読、学会報告会などを通じた新しい情報の入手などを定期的に行い、チーム内での情報交換と診療計画などを立てている。2016年7月に百瀬敏充医師が手外科専門医として赴任し、新しい様々な診療技術を導入し、その結果、情報発信力が徐々に強化されている。これからも上肢外科におけるチーム医療をいっそう充実させていきたい。
臨床面では超音波画像診断装置がリハビリテーション部(上肢外科部門)に導入された。今後とも上肢外科のリハビリテ-ションにおいては様々な診療toolを積極的に導入しEBMを展開していきたい。上肢外科のリハにおいては外部からの非常勤スタッフによる診療への寄与も大きい。信州大学医学部保健学科 木村貞治先生(教授)に、現在、当院の上肢外科のリハ診療に貢献していただいている。
リウマチ疾患における手指人工関節手術や腱板広範囲断裂や肩関節症への人工肩関節手術(Reverse Shoulder Arthroplasty)などが当院でも新しく行われるようになった。古くて新しい課題である関節拘縮解離や腱の癒着防止に対する新しいアプローチ、リハの効果の客観的評価法の開発など基礎的な課題にも目を向け続けたい。蓄積してきた医療技術や臨床データを活用し情報発信につなげることや、上肢外科分野の医師の世代交代に対応していくことにも引き続き取り組んでゆきたい。
学会・研究会発表
講演
当院の肩関節手術は原則としてビーチチェアーポジションで行い、スパイダー・リムポジショナーを用い手持ち助手は不要です(図3)。肩腱板断裂(図4)に対しては、関節鏡補助下に低侵襲(皮切および三角筋の線維方向への切離が1.5〜2.0cm、図5)で、安全、確実な手術を実現しています。関節鏡用器具を用いることで腱板修復操作が容易となり、特に深部の断裂部を確実に縫合ができます(図6)。腱板は本来の付着部である大結節のfoot printに2列のメタルアンカーで固定することで強固で生理的な修復が得られます(図7)。修復状態を鏡視で確認して手術を終えます。当院の他の肩関節鏡手術として、反復性肩関節脱臼の鏡視下Bankart法および肩上方関節唇損傷(SLAP lesion)の鏡視下修復術を行っています
図3
図4
図5
図6
図7
上腕骨外側上顆炎(テニス肘)では物をつかんで持ち上げたりタオルをしぼる動作などで肘の外側から前腕にかけての痛みを生じます。病態は手関節伸展運動を繰り返すことで短橈側手根伸筋腱に慢性的な負荷がかかり、同腱に生ずる腱付着部症です。さらに橈骨頭周囲の滑膜ヒダの肥厚や滑膜炎などが二次的に関与します。同部の圧痛、抵抗性の指伸展での疼痛の誘発などの理学所見から診断されます。装具や局注などの保存療法で症状が軽快しない難治例では滑膜ヒダの肥厚による轢音を生じることもあります。このような例ではMRI検査で短橈側手根伸筋腱付着部の炎症所見、滑膜炎や滑膜ヒダの肥厚を認めます。難治例では肘関節鏡視下に肥厚した滑膜ヒダの切除、短橈側手根伸筋腱付着部の切離を行っています(図8-動画)。低侵襲手術のため、術後およそ2〜3日目には肘の自動運動を始められます。
図8
母指のつけ根にあるCM関節は非常に可動性に富みます。このため靱帯のゆるみや応力の集中などにより関節症(関節軟骨の変性、亜脱臼、骨棘形成など)になりやすい。中年以降の女性に多く発症します。症状はつまみ動作、なかでも大きい瓶の蓋などを開ける動作で同部に疼痛を生じます。レントゲン検査で関節症所見を認めれば確定診断となります(図9)。治療法はまず保存療法を行います。当院では装具を3〜6ヵ月間装着します。この装具は市販品ではなく、当院オリジナルのデザインで、作業療法士が患者さんの指に応じ約30分間で作成します(図10)。ほとんどの患者さんで疼痛が軽減します。 高度の関節症変化や仕事などで大きな負荷がかかるなどの原因で、装具療法に限界がある患者さんには手術療法を考慮します。当院では関節リウマチによる母指全体の変形がある例や関節破壊が高度の場合は関節固定術を行いますが、関節症に対しては関節形成術を行うことを原則にしています(図11)。靱帯再建と腱球移植により安定性と可動域、および除痛効果とピンチ力の回復が得られます。
図9
図10
図11
90°以上挙上できない修復不能な肩広範囲腱板断裂に対し筋膜移植、筋肉移行(広背筋、大胸筋)を施行しても術後肩の挙上が十分改善しない症例があります。2014年4月から日本でも偽性麻痺を伴う腱板断裂性関節症に対し、リバース型人工肩関節置換術が使用可能になりました。リバース型肩人工関節は肩甲骨関節窩側に半球状の骨頭コンポーネントを、上腕骨側にソケット状のコンポーネントを設置します。肩は骨頭中心が内側に移動し三角筋のレバーアームが延長し、肩は三角筋で自動挙上できるようになります(図12)。絶対適応は腱板断裂性関節症、修復不能な腱板広範囲断裂で90°以上自動挙上できず、三角筋の収縮がある70歳以上の患者です(図13)。相対適応は高齢者の上腕骨近位端粉砕(3,4パート)骨折です。合併症は感染、脱臼、スカプラーノッチング(関節窩ベースプレート下方で上腕骨が当たる)、骨折、インプラントのゆるみなどです。症例を選べば確かに術後肩は挙上可能になりました。合併症に十分注意して症例を選んで手術を行っています(図14,15)。
図12
図13
図14
図15(手術は右)
人工関節手術は変形性関節症や関節リウマチなどの疾患により変形や疼痛を生じた関節に対し、不安定性と可動性の回復を目的に行われます。(図16)破壊された関節の表面を取り除き、人工関節に置き換える手術です。人工関節は、主に金属やセラミック、ポリエチレンなどの人工素材からできており、関節の痛みの原因となっている部分を取り除きこれらの人工物に置換するため、他の治療法と比べると痛みが軽減される効果が大きいのが特徴です。現在、上肢において実用化されている人工関節は人工肩関節、その中でも最近ではリバース型人工肩関節置換術(図17)が多く行われるようになっています。主にリウマチ性肘関節炎による肘の不安定性や可動域制限に対し人工肘関節置換術も多く行われています。非拘束性で表面置換型の工藤式人工肘関節(図18)や、高度な骨破壊によりさらに不安定性が強い肘関節には拘束性のネクセル人工肘関節(図19)などが行われます。肘関節の一部である橈骨頭の粉砕骨折に対しては、骨折部を整復し固定する観血的整復固定術の他に、人工橈骨頭手術(図20)も行われることがあります。人工手関節置換術は一部の施設では行われていますが、まだ一般化されているとは言えません。指関節ではリウマチによるMP関節の尺側偏位に対し、多数指同時のシリコン人工関節(図21・図22)などが行われます。PIP関節の関節破壊(リウマチ性や関節症性)に対しても、種々の人工PIP指関節置換術(図23)が行われています。以下に当院における上肢の人工関節例の画像を提示いたします。 上肢のリウマチ性疾患や関節症で、疼痛や変形、機能障害でお悩みの方は当院の整形外科内の上肢外科センターを受診し、ご相談下さい。
修復困難な腱板広範囲断裂、変形性肩関節症に対し行います。
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23